BtoB事業の広告運用にあたって知っておくべきマーケティングフレームワーク

なぜ広告運用者がマーケティングフレームワークを知っている必要があるのか?

オーリーズでは、2018年頃からSaaSを始めとしたBtoB事業に対する運用型広告の支援に力を入れはじめ、お陰様で多くのお客さまからご相談をいただいています。
最初にいただく課題は、
  • リード獲得数の底上げを目的とした新規メディアの開拓
  • CPA低下のためのアカウント最適化や、クリエイティブ(あるいはそのプロセス)の改善
といった、運用型広告の戦術に関するものが多いです。いずれもBtoB事業に限った課題ではなく、どの広告主にも共通する一般的なものです。
しかし、お話を伺っていく中で、弊社から(上記のような)戦術部分に課題を置いて改善を進めても、期待するような結果を得るのは難しいのではないか?」といったお話をすることがよくあります。
では、現状を打開するヒントはどこにあるのか?ですが、私は「現場による戦略理解」がその鍵だと考えています。言葉にするとごく当たり前に聞こえますが、お客さまの現場の状況を伺ってみると、
  • 広告運用スペシャリストにとって「運用改善作業」が仕事の目的になっている
  • マネジメントや発注する側も、そうなっている状態に疑問を持っていない
  • 疑問があっても、無意識のうちに許容してしまっている。あるいは許容せざるを得ない
といった状況が多く見受けられます。
あくまでも運用型広告は「事業成長」のための手段であり、事業戦略からブレークダウンされた戦術として方針が決められるべきです。
このような「戦略と戦術の分断」が起きている要因には様々なものが考えられます。その一つとして「広告運用者の過度なスペシャリスト化」があると思います。つまり、広告運用者が運用型広告の知識やスキル習得 ”ばかり” に時間を使いすぎている、という点です。
昨今では、Google広告を筆頭にした機械学習による自動化によって、運用がシンプル化される流れがありますが、それでもアカウントには充実したレポーティング機能や、調整可能な豊富なパラメータがあります。数値の分析やパラメータの調整はやり始めるとキリがないほどですが、実際にこれらをやりきることで成果に差が出るのも事実です。そのため、この差を出せる運用者は評価され、それゆえにスペシャリスト化が進んでいくという構図があるように思います。
その一方で、このような、いわゆる「運用改善」においてはプラットフォームごとにベストプラクティスが用意されており、それらを一通り実装すると、その後の成果の改善幅は鈍化します。また、この “成果”としているKPIが適切でなかった場合、それを改善することができても、KGIである売上や利益は思うように上がりません。
このとき、広告の運用方針をディレクションする者が、この「成果の頭打ち」の裏にある構造を理解して、戦術ではなく戦略の部分を組みなおすことができればいいのですが、多くの場合、その責任者は運用型広告のプロではありません。仮に精通していたとしても、マーケターとして様々な業務を兼務していることが多いため、十分な時間を取って深く考察することができません。ゆえに、そもそも論から問い直したうえで、運用型広告によって「できること」と「できないこと」を正しく認識し、大局的に戦略を組み直すということが、なかなかできません。
このことから、私は運用者が戦略に対して理解を深め、戦略と戦術の橋渡し役を務めることが重要であると考えています。これは、運用者が日々の改善活動でその限界をいち早く感じており、「抜本的な改善策を出さなければならない」という力学が働いていることからも言えることです。
このような背景から、今回はBtoB事業にフォーカスして、戦略理解に利するマーケティングのフレームワークや用語をご紹介するとともに、それらを知っていることで具体的に広告運用業務がどのように変わるのか、についての例をご提示します。

BtoB事業の広告運用で知っておくべきマーケティングフレームワーク

本記事では、まずは各フレームワークや用語について「聞いたことがある」という状態を目指します。加えて、現場での活用イメージをセットでご紹介することで、「理解しておく必要性」も感じていただけるように心がけています。
当然、「聞いたことがある」状態と「理解している」状態との間には大きな溝がありますので、記事内でご紹介している参考書籍も活用いただき、より深い理解につなげていただければと思います。

The Model

マルケトの代表を務めた福田康隆氏の著書『The Model マーケティング・インサイドセールス・営業・カスタマーサクセスの共業プロセス』で紹介されている、BtoB事業におけるマーケティング・セールスのフレームワークです。
本を読んだことのない方でも、一度は聞いたことのあるフレームワークではないでしょうか。急成長している多くのSaaS企業が、このフレームワークを参考にマーケティング・セールス組織を運営しているため、マーケティングマネージャーとの共通言語としても、広告運用の実務者が同書を一読される価値は大きいと思います。
同書には、実際の広告運用でも参考になる内容が多数あります。その一例として、第1部第3章で下記の一文があります。
一度商談まで進めても、途中で失注するものもある。受注した後も本来であればアップセル、クロスセルの可能性があるのに、営業のフォローが追いつかずに放置顧客となってしまうこともある。つまり、ビジネスを続ければ続けるほど、このような商談に至らないリード、失注、未フォローの既存顧客の数は増えていく。ここから再び商談化のプロセスへとリサイクル(循環)させる流れを作り、再度見込客にできれば、劇的な効果が見込めるはずだ 考えた。
この「リサイクル」の重要性は、同書の第2部で詳細に説明されているのでここでは割愛しますが、これは広告運用の現場でも非常に重要な観点だと思います。
例えば、広告運用に携わっている人であれば、一度は「もう少し許容CPAが高ければ、もっとアグレッシブな運用をしてCVを増やせるのに…」と思ったことがあるでしょう。まさに、この許容CPAを引き上げてくれるのが、The Modelにおけるリサイクルの考え方です。
多くの場合、許容CPAは「広告経由で獲得したリードが直接的に商談や契約につながる場合のみ」を評価して算出されていますが、実際はすぐに商談化せずとも、リードナーチャリングの仕組みが整っていれば、数カ月後に商談化できる可能性があります。
ですので、この「数カ月後に商談化させる仕組み」と「それをトラッキングする環境」が整っていれば、広告経由のリードの商談化率はもう少し高い(高くできる)可能性があり、許容CPAを上げてもROIが合う可能性があります。
このような絵を頭で描くことができると、広告運用者から、例えば下記のような一歩踏み込んだ議論ができるようになります。
現状の許容CPAは〇〇円ですが、これがXX円まで引き上げることができれば、獲得できるリード数が1.3倍になると予想されます。 リード獲得数を増やすために許容CPAを引き上げることができればいいのですが、ナーチャリングの仕組みに改善余地はないでしょうか?
現状設定しているCVポイントは「資料請求」と「お問い合わせ」だけですが、この状態ではこれ以上CPAを下げるのは難しいです。 ただし、「e-bookのダウンロード」をCVポイントとして設定すれば、これまでCVしなかったような層も獲得できるので、CV数を2倍以上に増やすとともに、CPAを半分以下にできると思います。ですので、ナーチャリングする仕組みを整えることで、e-book経由のリードから商談までの歩留まりを、現状の2倍以上に引き上げることはできないでしょうか?
The Modelの理解を深めることで、対象事業のマーケティングやセールスの仕組みに対して大局観を持つことができるようになり、そこから自身の業務を俯瞰することで、「運用型広告」というバイアスから抜け出すきっかけにもなります。

ABM (Account Based Marketing)

マーケティング戦略がどの程度ABMの概念に則って設計されているかによって、広告運用の方針は大きく左右されます。そのため、広告運用の実務者も知っておきたい概念です。
ABMは正確には定義されていないようですが、日本ではじめてABMについて書いたとされる、シンフォニーマーケティング代表の庭山一郎氏の「究極のBtoBマーケティング ABM」では、下記のように説明されています。
全社の顧客情報を統合し、マーケティングと営業の連携によって、定義されたターゲットアカウントからの売り上げ最大化を目指す戦略的マーケティング
このように、ABMの大きな特徴は「ターゲットアカウントを明確に定義する」ことです。そのため、いわゆる「コンバージョン数=単なるリード獲得数」はあまり評価されません。
同書には、下記のような記述があります。
BtoB企業のマーケティング活動の代表的なものに展示会があります。私は「なぜこの展示会 に毎年出展しているのですか?」と質問をします。(中略) ABMに則して考えるなら許容できる答えは下記の一つだけです。 「この商材のターゲットアカウントのターゲット部署に所属している人が多く来場するから です」
このABMの考え方は、基本的には運用型広告でも同じはずです。
この考えに従うのであれば、Googleのベストプラクティスに則ってアカウントを綺麗にしたり、A/BテストをしてCVRの改善に取り組むことよりも、まずは配信するコンテンツやメディアプランニングを丁寧に設計し直すことが大切です。いたずらに目先のCVを増やしても、評価されない無駄なリードが増え、広告費を無駄にしてしまいます。
また、このABMをより広義に捉えて考えると、セールス部門を持つBtoB事業において「ABM的な考え方」を一切持たない企業は、恐らく存在しないと思います。セールス部門がマーケティング部門に対して「質はまったく気にしないから、とにかくリードを獲得してほしい」というオーダーをしているお客さまに出会ったことはありません。
主にリード獲得の責任を負うマーケティング部門(そこに所属することの多い広告運用者)であっても、獲得したリードが「SALとして評価されたのか?」を意識することが求められます。広告運用者がABMの基本的な考え方や先進的な事例を学ぶことで、広告で配信するコンテンツの設計など、具体的な戦術を考えるうえでも、多くの学びを得ることができます。

PLG (Product Led Growth) とSLG (Sales Led Growth)

広告運用の方針を考えるにあたって、「PLG」および、それと対をなす「SLG」のどちらに近い事業戦略を取っているか?を理解することは非常に重要です。
PLGという概念は、ウェス・ブッシュ氏の著書『PLG プロダクト・レッド・グロース「セールスがプロダクトを売る時代」から「プロダクトでプロダクトを売る時代」へ』 で、下記のように説明されています。
PLGとは、米ベンチャーキャピタルのオープンビューが名付けたGTM(ゴー・トゥ・マーケット)戦略の1つで、ユーザー獲得、アクティベーション、リテンションを、プロダクトそのものが担うという手法だ。
PLGという概念を理解するにあたり、よく引き合いに出されるのが「Zoom」です。
Zoomは1対1での利用や、複数人でも「40分以内」であれば無料で利用することができますが(このような一部機能の無料開放を「フリーミアム」と言います)、はじめて無料で利用したときに、その使いやすさに驚いた人は多いのではないでしょうか。
そして、その使いやすさとコロナ禍の追い風により、ビジネスの場でも一気に普及していきました。ビジネス利用の普及が進むと、複数名や40分を超える会議での利用が増えるため、自然と有料登録が増え、今や最も利用されているビデオ会議ツールとなりました。
一方で、これだけ有名なツールでありながら、Zoomのセールスと話したことのある人はほとんどいないと思います。これが「Product Led Growth」、つまり「プロダクト自身がプロダクトを売る」という戦略です。
一方、SLGはその名前の通り、セールスがプロダクトを売る戦略で、その中でも有名な手法が前述のThe Modelです。既にご説明したように、The Modelも多くのSaaS企業が参考にしている手法であり、SLGからPLGにトレンドが変わったということではなく、事業の特性に応じて戦略を選択する、ということです。
では、これらの戦略を理解することで、運用型広告の現場にどのように活かすことができるのでしょうか。例を挙げて説明してみます。
SLGにおいては、「e-bookを広告で訴求することでリードを獲得し、その後のナーチャリングやインサイドセールスの活動で商談化していく」というのはよくある戦略になりますが、PLGにおいては、e-bookを広告で訴求することはまずありません。当たり前ですが、温度感の低いリードを獲得しても、ナーチャリングする仕組みも無ければ、そのリードをフォローするセールス人員もいないからです。
このように、PLGとSLGでは獲得したリードのその後の扱いがまったく違うため、それを理解せずに運用型広告の施策を提案すると、事業戦略とちぐはぐになってしまうため注意が必要です。
なお、私がこれまでお客さまと会話をしてきた経験上、このPLGとSLGという分類について、明確に分かれているわけではなく、2つの戦略がグラデーションになっているケースが多いように思います。ですので、この2つを二項対立で考えるのではなく、それぞれの戦略を理解したうえで、「どのようなリードを獲得すべきなのか?」「CPAや見込めるリード獲得数はどれくらいなのか?」といった議論を踏まえて、具体的な施策を提案できることが重要です。

おまけ:BtoB事業の広告運用にあたって知っておくべき用語

Demand Waterfall(デマンドウォーターフォール)

この言葉は聞き馴染み無いかもしれませんが、以下の言葉はご存知の方は多いのではないでしょうか。
  • MAL (Marketing Accepted Leads)
  • MQL (Marketing Qualified Leads)
  • SAL (Sales Accepted Leads)
  • SQL (Sales Qualified Leads)
MAL~SQLはセールスプロセスになっており、例えば下記のように定義することで、リード発生から受注までのパイプラインをモニタリングするのに活用されます。このプロセスのことをDemand Waterfallと言います。
  • MAL:マーケティング部署で受け入れられたリード(≒ターゲットとなるリード)
  • MQL:属性などの静的な情報やウェブサイト閲覧、イベント参加などの動的な情報からセールスに引き渡しても良いと判断されたリード
  • SAL:実際にセールスにフォローされたリード
  • SQL:そこから商談化されたリード
運用型広告で獲得するオンラインCVというのは、MALでもない、ターゲット以外のリードも数多く含まれています。そのため、オンラインCVだけでなくMAL~SQLまで追って評価をしていかないと、無駄なCV獲得にコストを投下してしまうことになるため注意が必要です。

CAC (Customer Acquisition Cost) とLTV (Life Time Value)、UE (Unit Economics)

広告運用の現場では、日々「CPA」の言葉を耳にすることでしょう。一方で、「CAC」や「UE」については、あまり聞き馴染みのない言葉かもしれません。これらは、運用型広告の目標を決めたり、施策を出したりするために必ず頭に入れておきたい指標です。
  • CAC:顧客一人を獲得するために要する費用のことで、マーケティング費用やセールスの人的コストなども含みます。
  • LTV:対象となる製品やサービスにおいて、一人の顧客が生涯でもたらしてくれる利益の合計のことです。
  • UE:特定のユニット(店舗、製品、顧客など)ごとの経済性を測る指標ですが、BtoB事業、とりわけSaaSにおいては顧客ごとに算出し、LTV/CACで計算することが多いです。
この指標を理解しておくことの大切さを、単純化した例でご説明します。たとえば、以下のようなケースがあったとします。
  • あるサービスのCPA:3万円
  • 「お問い合わせ」から「受注」までの歩留まり:50%
  • 「サービス活用事例のe-bookダウンロード」から「受注」までの歩留まり:10%
この場合、
  • お問い合わせ経由のCAC:3万円÷50%=6万円
  • e-bookダウンロード経由のCAC:3万円÷10%=30万円
となります。
すると、許容できるCACが30万円以上でなければ、運用型広告のCVポイントには「お問い合わせ以外を設定できない」ことになります。
また、30万円まで許容することができても、この計算は「運用型広告以外のコストがかからない前提」になっているので、マーケティングオートメーションやインサイドセールスを活用する予算的な余裕も残らないことになります。
逆に、CACが100万円まで許容できるとなれば、「直接的にそのサービスを検討していないが、将来的には顧客になりうる人」に向けたe-bookを広告で訴求し(例:経理向けサービスなら「経理業務を効率的に進めるコツ」のような資料)、その後、マーケティングオートメーションやインサイドセールスで商談化させていくことで、CACを合わせることができるかもしれません。
また、特にスタートアップのお客さまからよく頂くご相談の一つに、「適切なCPAがわからない」というものがあります。この適切なCPAを考えるためには、
  • 顧客あたりのLTVがどの程度期待できるのか?
  • そこからUEを合わせるためには、CACはどの程度まで抑えなければならないのか?
を明らかにしておく必要があります。この議論をせずに感覚値や市場の一般論だけでCPAを決めてしまうと、蓋を開けてみたらUEが全く合っていなかった、という結果にもなりかねません。
これらの理由から、広告運用者自身がこれらの概念を理解し、議論のファシリテーションをできることが理想的です。CAC、LTV、UEを語れるようになると、事業戦略から自身の担当領域である運用型広告の目標や施策を設定できるようになります。

おわりに

本記事はBtoB事業にフォーカスしていますが、ここまでの内容はBtoC事業の広告運用にも活用できる内容になっていますので、ぜひ参考にしていただければと思います。
今後は、このフレームワークを活用ケーススタディなど、より具体的な内容も発信していきたいと思っています。ご期待ください!